なでしこブログ

2010年02月13日

【アーカイブ】なでしこジャパン・山口麻美選手インタビュー

  現在、東アジアサッカー選手権で奮闘中のなでしこジャパン。北京オリンピック後から次のロンドンオリンピックに向けて、新しいチーム作りが始まった。5月にはFIFA女子ワールドカップの予選を兼ねたAFC女子アジアカップも控えており、その活動が注目される中、新しい力も根付こうとしている。その一人がチリ遠征の初戦・デンマーク戦で先制ゴールを挙げるなど、その実力を証明してみせた山口麻美選手だ。今回は日本女子サッカーでは珍しい逆輸入という形で生まれたニューフェイスの素顔を紹介する。

Q. サッカーを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
山口 ― 兄がサッカーをやっていたんです。私が始めたのは4歳くらいからでしょうか。幼稚園にサッカークラブがあったんですよ。そこで小学校6年生までサッカーができる環境でした。小学校5年生のときに地元の社会人チームを紹介してもらって、大人に交じってやってましたね。当時はまだ大会に出られるという環境はありませんでした。高校1年生のときに日テレ・メニーナに入ったんです。1年の終わりに偶然(笑)ベレーザに昇格できて、高校3年生までベレーザに在籍していました。

Q. そして大学からアメリカへ渡ります。アメリカを選んだのは何故ですか?
山口 ― 話すと長いんですけど(笑)。メインはやっぱりサッカーのためです。そしてサッカー以外の部分でも自分の未熟さを成長させるためにフロリダ州立大学に進学することにしました。大学に女子サッカーチームがあって、アメリカの大学サッカーの中でもかなりインターナショナルなチームでした。私が1年生のときは、6ヶ国の選手がいました。運がいいことに私が入る半年前にU-19アメリカ女子代表の監督が就任したんです。代表活動などで、私のことを知ってくれていていました。彼は当時のアメリカプロサッカーリーグ(WUSA)の監督経験もあって人脈もあったので、ドイツ、オランダ、オーストラリア、フィンランドなどいろんな国から有能な選手をスカウトしていました。


Q. 全然違う土壌でのサッカー。戸惑いはありませんでしたか?
山口 ― ありました! ありました! 日本ではフォワードをやっていたのですが、アメリカでは1年のときに左サイドハーフ、2年目はフォワードだったり、サイドハーフだったり・・・。3年目ではトップ下もやりました。もう何でも試したって感じですね。

 Q. これまでと全く異なる生活ということで、大変だったのではないですか?
山口 ― そうですね・・・、やっぱり言葉が一番大変でした。最初は本当に何を言っているのかわからなくて、授業もさっぱりわからない(笑)。高校で英語は好きだったし、結構成績も良い方だったんですけど、それとこれとは全く違うものでした。でもサッカー部は決まりがあって、1年目は寮に入るんです。2年目からはインターナショナルのチームメイト4人とアパートでルームシェア。この経験が私にとっては大きかった。言葉がわからなかったり、異国での生活という点では私たちには共通点がありました。だからいろんな話をしましたね。仲間がいたからがんばれたと思っています。私は、こうしたから正解っていうことはないと思うんです。アメリカに行くことも自分で決めたことですし、その部分があるから今の私がある。すべてが今の私につながっているんです。正解だからその道を行くのではなく、自分が信じていれば、それが私の行くべき道になるんだと思います。

Q. そこから活動の場をスウェーデンに移しますよね。この経緯は?
山口 ― 実は私まだ大学在学中なんです。スウェーデンへ行くことになったのは偶然なんですよ。ウメオIKには知人がいて、いろいろ話は聞いていました。で、あるときウメオの選手が大怪我をしたんです。それでうちの大学に誰かいないかという話が来た。ウメオはチャンピオンズリーグ優勝の実力を持つチームで、なんとかトレーニングに参加したいと言っていたところだったんです。でもルールで、プロチームのトレーニングへの参加は認められていなかった。仕方なく断念したという経緯が私の中にあったので、この話を聞いたときに「これは二度とこないチャンスかもしれない!」と思ったんです。監督には反対だと言われました。スウェーデンに行くということは大学のサッカー部を退部しなければいけないことを意味します。勉強も頑張ってやっとここまで来たのに、卒業まで待ってもいいんじゃないかという意見でした。確かにその通りですよね。同じ気持ちが私の中にもありました。でも卒業まで待って、またこんなチャンスが訪れる保証はないじゃないですか。話が来た時にもうすでに私の気持ちは決まっていたんです。今しかない!って。

Q. 実際にウメオの一員になって、どうでしたか?
山口 ― 初めて行ったときは完全に飲まれましたね(笑)。やっぱりオーラがありましたから。でもみんな普通に良い人(笑)! ウェルカムな雰囲気で迎えてくれたんです。言葉も私にわかるように英語で説明してくれたり・・・。2008、2009年と契約更新を経て2年間。ウメオでは本当のプロ意識というものを実感しました。

Q. 活躍が認められてなでしこジャパンにも頻繁に招集されるようになりました。やはり"日本代表"は違いますか?
山口 ― 自分の中では特別ですね。海外に行って、より一層自分が日本人の一人だということを意識しますし、サッカーだけでなく日本の良さなどを再確認するんです。離れたから見えてくることもあるんだと思います。格好良く言えば"誇り"を持ってるというんでしょうか。だからなでしこジャパンの一員になることは本当に名誉なことだと思っています。

Q. ずいぶん"なでしこ生活"に馴染んできたようにみえますが?
山口 ― いやー、まだまだ(笑)! でも毎日充実はしています。自分がやってきたサッカーと本当に違うサッカーで、さらにまた違ったポジションをやって、求められることも違う。学ぶことがたくさんあって新鮮です。チリ遠征から長い日程をやっていく中で、日々"学ぶ"連続だということは、合宿に入る前からもう目に見えていました。だからその中でも自分らしさを失わないようにしようとは思っています。それにプラスして監督の求めるものだったり、周りとのタイミングだったりいろいろと吸収していければと・・・。

Q. 今年はなでしこジャパンとしての活動も増えると思います。抱負を聞かせていただけますか?
山口 ― あまり先のことは見られない性格なので、今ある戦いをがんばりますっ! まずはしっかりとメンバーに入ること。そしてなでしこジャパンに貢献すること。でもここに来ている人で私と同じことを思わない人なんて一人もいないと思います。その中で私に何ができるのか・・・。本当にまだまだ力は足りないことだらけですけど、自分からアクションを起こせるように常に心がけていきたいと思います。

文/早草紀子

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